鬼一家名義での「小名浜」に続き自身の1st「獄窓」で一躍注目を浴び、圧倒的な存在感を放ち魅了する“鬼”。ラッパーというよりリリシストという表現がしっくりくる。 様々な問題を喚起し、直球のずしりとくるリリックと嘘偽りの無い強烈なパンチラインは、まるで一冊の小説を読み終えた時の感覚にも近いような聴いた人の心の中になんとも表現しがたい多くの感情を宿らせ、聴けば聴く程に染みてくる。 客演陣は、般若、SHINGO☆西成、CRAZY-T、輪入道と鬼一家のクルー、BLOM、KEI、D-EARTHが参加!!
目の前にある仕事の関係で『金子正次遺作シナリオ集』(幻冬社アウトロー文庫)を何度も読み直しているところだった。鬼の新譜『湊』がリリースされるらしいという話を聞いたのは、そんなタイミングだ。金子正次は自分でシナリオを書き主役を演じた『竜二』という映画で、一躍日本の映画史にその名を刻んだ「役者」である。この三十三歳で夭逝した金子正次と鬼というラッパーにどんな関係があるのかといえば、特に両者に具体的な因果があるわけではない。 ただ、筆者が勝手に鬼のラップを聴くような心持ちで金子正次のシナリオを読み、金子正次のシナリオの読後感と鬼の新譜を聴いた後の余韻をダブらせているだけだ。 「でも根は臆病だったんでしょうね、どんどん本物の組員になっていく友人を横目に僕は中途半端に新宿の街をふらふら、ふらふら……」 これは今では絶版になってしまった『金子正次遺作シナリオ集』の前書きに使われている(初出は『キネマ旬報』誌)、金子自身の言葉だが、なんだか鬼が「小名浜」や初期楽曲でラップした世界観を彷彿させるではないか? 因果がないものの共通点を並べ立てるような原稿に意味があるとは思えないので、これ以上はあえて書かないが、金子正次の映画やシナリオに触れるときと同じような感覚で僕は鬼のラップにグッと来きている。これは、ひとつのささやかな事実として…。 最新作『湊』は全10曲約45分というタイトな構成の、あがったばかりのこのアルバムを僕は何回も繰り返し聴いている。もちろんこの原稿を書くために無理に聴いているわけではない。本作の一曲目でありリード曲でもある「自由への疾走」は「やりてぇことしかやりたくねぇ」という歌い出しで始まるのだが、原稿を書くこちらも当然、聴きたいものしか聴きたくない。そんな何度でも聴きたくなるような音楽を作った人の話を、僕は訊きたいのである。 二年前にリリースされた前作『獄窓』の「終奏」と名付けられたアウトロに入る前のラスト三曲「精神病質」「消化不良」、そして客演にベスを招いての「糸」は今聴き直してみても色褪せることのない連なりで、街を歩いているときにふとiPodから「糸」なんかが流れ出すと、僕は未だに全身の鳥肌が立つ。今作「湊」でも般若とシンゴ★西成を招いての「酔いどれ横町」や、まったく鬼らしいとしか言いようがない「SKIT~性教育~」など個人的に解説を加えたい楽曲は色々あるのだが、やはり鬼が問答無用に「リリシスト」だと評価される所以は「つばめ」「言葉にできない」「またね」のラスト三曲に集約されているように思う。 インタビューの場所は新宿ゴールデン街。アルバム最後の楽曲「またね」のリリックに出てくる「ナミさん」が働いていた店だというヘカテ。この小さな空間を、インタビュー前に渡されたものから飛躍的なヴァージョンアップを遂げた(それは鬼の心象をより明確に表現しているという意味だ)『湊』が満たす。具体的に言えば、ここに挙げた「言葉にできない」や「またね」などでも印象的に使われる鍵盤音がすべてグランドピアノでの生演奏に差し替えられたということだろう。ループから解き放たれたピアノが、グランドピアノならではの「鳴り」とともに伸びやかに展開していく。鬼のどんな言葉よりも雄弁なその「鳴り」が、やはり音楽は音楽をもってしか理解しえないという気持ちを確認させてくれる。シンプルだが、贅沢なサウンドだ。そして、それが鬼の言葉に余韻や奥行きを与えていく。朝もやの湖に広がる波紋のように。新宿の片隅に人知れず起こった名もなき風紋のように。 * ラストの「またね」。この曲は元々「会えない人」というタイトルだったのだという。 「これはまずトラックがあって、書きたいって思ったんだ。これ読み返すとねぇ…。リリックを書きながらさぁ…もう泣いちゃうんだよね…」 今はもう会えない人。もう二度と会えない人…についての曲。でも、やっぱり「またね」だ。アルバム最後の曲だし、やっぱり「またね」であるべきだろう。 僕は今まで何人かのラッパーから、ぼろぼろと泣きながらリリックを書いたという話を聞いたことがある。そして、そういう楽曲はそのラッパーのキャリアの中でもたいてい記念碑的な一曲になっていたりする。なんとなくでもそんなことを考えながら鬼の『湊』を聴いてもらえると嬉しい。 「俺がゴールデン街で一番最初に働いた店のママに『ゴールデン街は「みなと」だから』って言われたんだ。『いろんな人が出たり、入ったりするから』って。そこが俺の原点だから…」 だから、タイトルは『湊』。だから、最後の楽曲は「またね」。 かつて鬼は「小名浜」で「行ったり来たりが歩幅なのかもね」とラップしたが今作「またね」では「でも大丈夫もう崩れない」とラップする。金子正次の『竜二』は竜二が新宿(稼業)に戻っていくシーンで終わるのだが、鬼はそうやって戻っていく男の背中も出ていく男の背中も、それを追う女の横顔も泣き崩れる女の涙も…そういった「湊」に象徴されるような光景(人間たちの歩幅)を見た上で、「もう崩れない」と、ラップしているのである。 インタビュー中に松田優作の話が出て、鬼はゴールデン街の某という店で行われる松田優作の命日の催しに毎年出ているというようなことを言っていた。思えば金子正次のシナリオを映画化するために尽力したのが松田優作であり、奇しくも二人は命日まで同じだった。 東北地方太平洋沖地震の余震を感じながら、この原稿を書き直す。書き始めたのは地震の前だ。「ノートに手を合わせても自分は許せない」「まだ今は会えないけど、そのときは涙が止まりそうもない」…アルバムのラスト「またね」。「小名浜」から出てきた鬼の言葉は、被災地とは比較にならない小さな規模の余震にすらビクつく縮こまった僕に、あまりに優しく語りかけてくる。(text by 山田拝)
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湊
- 1. 自由への疾走
- 2. しのぎ feat.BLOM、K.E.I、D-EARTH&輪入道
- 3. ひとつ
- 4. 感想文〜阿片戦争〜 feat. CRAZY-T
- 5. SKIT〜性教育〜
- 6. なんとなく
- 7. 酔いどれ横町 feat. 般若、SHINGO★西成
- 8. つばめ
- 9. 言葉に出来ない